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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)726号 判決

原告

大阪市

右代表者市長

大島靖

右訴訟代理人弁護士

尾崎亀太郎

被告

河田清一

右訴訟代理人弁護士

坂本義典

主文

一  被告は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の建物を明渡せ。

二  被告は原告に対し、四万一八〇七円及び昭和六〇年二月一日から前項の明渡済みまで月額六〇〇〇円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、第一・二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)は、昭和一七年(以下「昭和」を略す。)、原告が、市民に賃貸する目的で大阪市西淀川区柏里三丁目に建設した市営塚本住宅の一戸であり、大阪市営住宅条例(以下単に「住宅条例」という。)の適用を受ける建物である。

(二)  原告は、被告の先代河田興吉(以下「興吉」という。)に対し、一八年二月一八日、本件建物を賃貸し引渡した。興吉は、三五年五月一三日死亡し、被告が本件建物の賃借人の地位を承継した。

(三)  本件建物の賃料は、五七年四月一日以降月額六〇〇〇円である。

2  被告は、二九年から三二年頃にかけて、原告に無断で、本件建物に別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件増築建物」という。)を増築し、同建物で建具の製造販売業を営んでいる。

3(一)  市営塚本住宅は、国鉄東海道本線塚本駅近くの交通至便な場所にあり、また駅前商店街にも近い。しかし、同住宅は、建設後三〇年以上を経過(耐用年数は二〇年)して老朽化が著しく、市街地の防災対策の向上、居住環境の整備改善の見地から放置しえない状況にある。

(二)  ところで、家賃の低廉な公営住宅をはじめとする市営住宅の建設供給の必要性は高く、特に既成市街地における需要は、職住接近の要求等から極めて大きい。例えば、過去五年間に原告が大阪市内に建設した公営住宅の年度別平均応募倍率は、新規建設分・空家分を合わせて常に一〇倍を上回つている。

しかし、大阪市では、ここ数年来地価が高騰し、かつ、そのほぼ全域が既成市街地化されているので、同市内で市営住宅建設のための大規模住宅用地を取得することは困難である。そこで、既存の老朽化した木造住宅を中高層耐火構造の住宅に建て替えて、土地の高度利用を図ることが必要となる。しかも、このような建替事業は、道路の整備、児童遊園等の設備による居住環境の整備、及び都市の不燃化・防災化に貢献し、さらに、住宅地の再開発を推進する等多大の利点を有する。

(三)  原告は、五一年初め、市営塚本住宅を中高層耐火構造の住宅三九九戸(うち公営住宅二七〇戸)に建て替え柏里第二住宅とする建替計画を策定した(以下「本件建替事業」という。)。そして、五〇年度着工分五四戸、五二年度着工分二〇戸、五三年度着工分三〇戸、五四年度着工分五六戸、五六年度第一期着工分四九戸、同第二期着工分四五戸について、公営住宅法に基づき国から補助金の交付を受け、本件建替事業を進めてきた。五八年七月の募集の際の応募倍率は、第一種住宅で平均三二・三倍(最高四六・五倍)、第二種住宅で五四倍である。

(四)  また、原告は、五二年二月一八日、市営塚本住宅の入居者全員に対し、本件建替事業に関する説明会を開催し、「塚本住宅の建替えについて」と題するパンフレットを配付して、五〇年度着工分五四戸への移転条件の説明を行つた。その後は、原告の担当職員が右五四戸の住宅に移転しなかつた被告を含む市営住宅の入居者と個別に移転交渉を行い、移転条件の説明を行つた。

原告が被告に提示した移転条件の内容は、次のとおりである。

(1) 本件建物に代わる移転先として、柏里第二住宅五号館七〇四号(三DK)を提供する。

(2) 右代替住宅の家賃は、大阪市長が定めた減額基準日である五八年五月一日以後一五年間、住宅条例施行規則で規定する家賃四万六五〇〇円から五〇〇〇円を減額した四万一五〇〇円とする。さらに、入居後五年間は、右減額家賃から一年目七五パーセント、二年目六五パーセント、三年目五〇パーセント、四年目三五パーセント、五年目二〇パーセントをそれぞれ減額する。

(3) 敷金は、減額家賃の三か月分とする。

(4) 現実の入居日における移転料、電話移設料実費を支払う(現在移転すれば、移転料三五万円、電話移設料実費一万一六〇〇円である。)。なお、市営住宅以外の住宅へ移転する場合も移転料を支払う。

(五)  ところが、被告が移転を拒否しているため、原告は本件建物を撤去できず、本件建替事業ひいては原告の住宅政策に重大な支障を来たしている。現在、市営塚本住宅の入居者で移転を拒否しているのは、被告を含む四名だけである。

4(一)  原告は被告に対し、五八年一二月一〇日、住宅条例二三条一項六号に基づき、本件建物の使用承認を取り消し、その明渡を請求した。

(二)  ところで、右明渡請求は、実質的には借家法一条の二の解約申入れである。すなわち、同条にいう解約申入れは、賃貸借を終了させる旨の意思表示であれば足り、その方式について法律上何ら制限がないから、解約申入時に六か月の猶予期間を付さなくても、解約申入後六か月を経過すれば解約の効力を生じる。

(三)  前記3で述べたように、市営塚本住宅の建替えは老朽化した木造住宅を撤去して土地の高度利用を図り、家賃の低廉な市営住宅を供給するためにされるものであり、原告は本件建物の使用者である被告に対し、代替住宅及び移転料の提供、家賃減額措置の提示等、できる限りの便宜を図つてきたのであるから、右解約申入には正当な事由がある。したがつて、原・被告間の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)は、明渡請求から六か月を経過した五九年六月一〇日に終了した。

5  よつて、原告は被告に対し、本件賃貸借契約の終了に基づき、本件増築建物を収去して本件建物を明渡すこと、並びに、本件賃貸借契約終了後である五九年七月一日から六〇年一月三一日までの月額六〇〇〇円の割合による賃料相当損害金のうち四万一八〇七円、及び同年二月一日から本件建物明渡済みまで月額六〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、本件建物が大阪市西淀川区柏里三丁目所在の市営塚本住宅の一戸であること、興吉が被告から本件建物を賃借していたこと(ただし、興吉が被告から本件建物を賃借するに至つた経緯を除く。)、興吉が三五年一三日死亡し、被告が本件建物の賃借人の地位を承継したこと、本件建物の賃料が五七年四月一日以降月額六〇〇〇円であることは認め、その余は否認する。

2  同2の事実のうち、被告が二九年から三二年頃にかけて、本件増築建物を増築し、同建物で建具の製造販売業を営んでいることは認め、その余は否認する。

3  同3(一)の事実のうち、市営塚本住宅が国鉄東海道本線塚本駅近くの交通至便な場所にあり、駅前商店街にも近いことは認め、その余は否認する。

同3(二)の事実のうち、公営住宅の年度別平均応募倍率は不知。その余は否認する。

同3(三)の事実のうち、柏里第二住宅の応募倍率は不知。その余は否認する。

同3(四)の事実のうち、原告が本件建替事業についての説明会を開催したことは認め、その余は否認する。

同3(五)の事実のうち、現在市営塚本住宅の入居者のうちで移転を拒否している者があり、その中に被告が含まれていることは認め、その余は否認する。

4  同4のうち、(一)の事実は認める。(二)は争う。(三)の事実は否認する。

5  同5は争う。

三  被告の主張

1  興吉は、被告が幼少の頃、大阪鉄工株式会社(以下「大阪鉄工」という。)に入社し、同社が一八年に社宅として建てた本件建物に入居した。被告は、二九年頃までに、大阪鉄工から本件建物を取得して賃貸人の地位を承継した。本件建物には、大阪市財産条例の適用があるにすぎず、住宅条例の適用はない。

2(一)  前記1のとおり、本件建物は住宅条例の適用を受けないから、その増築につき市長の承認は不要である。

(二)  仮にそうでないとしても、被告は、二九年頃、本件建物の北側を増築し、南側に建具用の木工機械を設置するため庇を増設するにあたり、当時、市営塚本住宅の住宅監理員であつた関茂の承認を得ている。さらに、三〇年から三二年頃の間に、本件建物の南側庇部分を壁や建具で覆つた際、原告の係員二名が調査に来て、増築が不承認の場合は、連絡する旨被告に告げて帰つたが、その後何らの連絡もなく現在に至つている。したがつて、増築につき明示の承認があつた。

(三)  仮にそうでないとしても、原告は、右増築の事実を知りながら現在まで何らの異議も述べないので、増築につき黙示の承認があつた。

3  原告の明渡請求は、次のとおり借家法一条の二の正当事由を欠く。

(一) 市営塚本住宅を建て替えて中高層化する必要性は、本件建物の所在地においては認められず、また、近隣住民の反対等により、その実現が困難である。さらに、本件建替事業は、居住環境の水準向上が目的ではなく、営利を目的としたものである。

(二) 原告の建替計画によれば、本件建物敷地及びその周辺は児童遊園になる予定であるが、児童遊園の隅に本件建物が存在していても、児童遊園として支障はない。

(三) 本件建物近くの市有地には、神社や市営塚本住宅の木造建物が点在したまま放置されている。したがつて、本件建替事業の遂行に緊急の必要性はない。

(四) 原告の職員は、五六年頃から、被告を含む市営塚本住宅の入居者に対し、ひどい言葉ですごみ、無理な条件を提示して明渡を求め、本件建替事業を強行してきた。

(五) 被告は、本件増築建物で、職人を一人雇つて建具の製造販売業を営み、生計を維持しているのであつて、本件建物を失うことは生活及び営業双方の基盤を一挙に失うこととなり、被告にとつて右建物は必要欠くべからざるものである。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1  被告の主張1は否認する。

2  同2(一)は争う。同(二)・(三)は否認する。

住宅監理員に市営住宅の増築を承認する権限はないので、関が増築を承認することなどあり得ない。また、原告は、これまで被告の増築を容認する態度をとつたことはなく、事態を円満にしようとして、あえて法的手続を講じなかつただけで、黙示の承認があつたといわれるべき筋合のものではない。

3  同3(一)は争う。

同3(二)のうち、本件建物敷地及びその周辺が児童遊園になる予定であることは認め、その余は争う。

被告は、本件建物が児童遊園の隅に存在しても支障がない、と主張するが、失当である。すなわち、市営柏里第二住宅は公営住宅であり、その準拠基準たる公営住宅建設基準(以下「基準」という。)の一四条によれば、団地内に公営住宅一戸あたり六平方メートル以上の児童遊園の設置が義務づけられている。また、住環境の整備、災害時の避難場所の確保等の観点からも、児童遊園の設置は必要なのである。したがつて、右被告主張のような安易なものではない。

同3(三)のうち、本件建物近くの市有地上に、市営塚本住宅の木造建物が数戸存在していることは認め、その余は争う。

市営塚本住宅の入居者で移転に応じない者は、被告以外に三戸あるが、原告は、右三戸の居住者に対しても早急に移転するよう現在鋭意交渉中である。また、被告は、本件建物近くの所有地上に市営塚本住宅の木造建物がなお点在したまま放置されているというが、それは、右三戸が二戸一棟形態のものであつて、他の一戸が空屋となつていても、これを撤去すると、隣接の右三戸が倒壊するおそれがあるためやむなく存置しているのである。

同3(四)は否認する。

原告は、話合いにより円満に本件建替事業を進めてきた。

同3(五)は争う。

本件建物は居住用の市営住宅なのである。にもかかわらず、被告は無断で増築し、営業をしているのであつて、正当な権利として主張し得る性質のものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一1  請求原因1の事実のうち、本件建物が大阪市西淀川区柏里三丁目所在の市営塚本住宅の一戸であること、興吉が被告から本件建物を賃借していたこと(ただし、興吉が被告から本件建物を賃借するに至つた経緯を除く。)、興吉が三五年五月一三日死亡し、被告が本件建物の賃借人の地位を承継したこと、及び本件建物の賃料が五七年四月一日以降月額六〇〇〇円であることは、当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉を総合すると、原告は、一七年三月、市民に賃貸する目的で本件建物を含む市営塚本住宅を建築し、その頃、本件建物を興吉に賃貸したことが認められ、右認定に反する〈証拠〉は措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

また、住宅条例施行規則一条、別表によれば、本件建物は、市営塚本住宅中の一戸として住宅条例の適用を受けることが明らかである。

したがつて、被告の主張1は理由がない。

二  次に、本件賃貸借契約終了の有無について判断する。

1(一)  原告が被告に対し、五八年一二月一〇日、住宅条例二三条一項六号に基づき、本件建物の使用承認を取り消し、本件建物の明渡を請求したことは、当事者間に争いがない。

(二) 右条例二三条一項六号は、市長は、入居者が同条例二一条の規定による立ちのきに応じない場合に市営住宅の明渡を請求できる旨規定し、同条例二一条は、「市長は、市営住宅の修善、改築、建替え、撤去等のため必要があるとき又は管理上必要があると認めるときは、他の市営住宅又は仮設建物を提供して、当該住宅の入居者を立ちのかせることができる。」と規定する。ところで、前記一2でみたとおり、本件建物は一七年に建築され、公営住宅法施行前のものであるから、右建物の使用関係に同法の適用のないこというまでもなく、右条例の上位規範として適用されるべきものは、民法、さらに事柄の性質上その特別法の借家法たること自明ともいえる。したがつて、右条例の規定は、上位規範である右法と調和するよう合理的に解釈すべきである。

右の見地から住宅条例二一条の規定を借家法の規定と比較考量すると、同条は、借家法一条の二所定の「自ら使用することを必要とする場合その他正当の事由ある場合にあらざれば……解約の申入をなすことを得ず」と同趣旨を規定したものと解される。

そうすると、原告の被告に対する同条例二三条一項六号に基づく本件建物の明渡請求は、借家法一条の二の解約申入れと解してよい。

(三)  なお、〈証拠〉によれば、右明渡請求には、六か月の猶予期間を付してないことが認められるが、借家法三条一項所定の「六カ月前」の法意については、正当事由がある限り、解約申入れ後六か月の経過により解約の効力を生ずる趣旨と解すべきこと、判例、学説上争いがなく、当裁判所も見解を同じくするから、右の点に違法のかどはない。

2  そこで、原告の被告に対する本件建物の明渡請求に正当事由があるか否かについて検討する。

(一)  被告が二九年から三二年頃にかけて本件増築建物を増築し、同建物で建具の製造販売業を営んでいること、市営塚本住宅が国鉄東海道本線塚本駅近くの交通至便な場所にあり、駅前商店街にも近いこと、原告が本件建替事業についての説明会を開催したこと、市営塚本住宅の入居者中被告のほかにも移転を拒否している者がいること、原告の建替計画によると、本件建物敷地及びその周辺が児童遊園となる予定であることは、当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 大阪市長の諮問機関である大阪市住宅審議会は同市長に対し、五三年一一月一三日付「今後の住宅施策の方向について」と題する、要旨次のような答申書を提出した。すなわち、大阪市の人口は、四〇年の三一六万人をピークとして以後漸減し、五三年の推計人口は二七〇万人である。この主要因は、市内の既存住宅には、規模、設備等質的な面で問題のあるものが数多くあり、市民の生活意識の向上に十分対応しえなくなつていることにある。そして、大阪市総合計画が掲げる業務機能と居住機能のバランスのとれた三〇〇万人都市という目標達成のため、今後人口の転出をくいとめるとともに転入を促進し、市内定着を進めるには、大量の良質な住宅の新規建設とともに、既存住宅の建替えや改善の積極的推進が大きな課題となる。そこで、老朽化した公営木造住宅及び簡易耐火住宅については、国の補助制度を利用して建替えを強力に進めるべきである。また、人口移動の実態に照らすと、住宅をとりまく良好な環境を強く要求する世帯が多い。しかし、市内の住環境の現状は必ずしも十分でなく、住宅建設とともに児童遊園、集会所等の生活関連施設の整備を推進することも大きな課題である。

(2) 一方、大阪市営住宅(第一種・第二種住宅)の新規建設分・空家分を合わせた年度別平均応募倍率は、五四年度七・九倍、五五年度八・六倍、五六年度一一・六倍、五七年度一四・三倍、五八年度一二・〇倍、五九年度一二・七倍、六〇年度一〇・五倍という高倍率であり、家賃の低廉な市営住宅に対する需要は極めて大きい。

(3) 市営塚本住宅は、大阪市西淀川区柏里三丁目に一七年及び二二年に建設された木造平家建住宅二〇四戸からなる市営住宅で、国鉄東海道本線塚本駅近くの交通至便な場所にあり、駅前商店街にも近い。

(4) 木造の市営住宅の耐用年数は、二〇年とされているところ、原告は、住宅に困窮している低所得者に対する住宅供給、都市の不燃化・防災化を目的として、四〇年、市営塚本住宅の一部についての建替計画を築定し、同年から四二年にかけて、中層耐火構造の住宅一三〇戸を建設し、これを市営柏里住宅とした。

さらに、原告は、五一年、市営塚本住宅のうち右建替計画の対象外であつた建物を中高耐火構造の市営住宅に建て替えて市営柏里第二住宅とする建替計画を策定し、五〇年度着工分五四戸、五二年度着工分二〇戸、五三年度着工分三〇戸、五四年度着工分五六戸、五六年度着工分九四戸について、公営住宅法に基づいて国から補助金の交付を受け、本件建替事業を進めた。因みに、五八年七月の募集の際の応募倍率は、第一種住宅で平均三二・三倍(最高四六・五倍)、第二種住宅で五四倍である。

(5) 原告は、五二年二月一八日、市営塚本住宅の入居者に対し、本件建替事業に関する説明会を開催し、建替えの必要性を話すとともに、出席者に「塚本住宅の建替えについて」と題するパンフレットを配付し、移転先の新築住宅の内容、部屋割の決定方法、移転料・電話移設料の支給、家賃減額措置等について説明した。右説明会に欠席した世帯に対しても、後日、右パンフレットを配付した。

さらにその後、原告の担当者が各戸を訪問し、各入居者の個別的な事情を聴取するとともに、前記同様本件建替事業に関する説明を行つた。

(6) 原告の担当者は、被告宅へも再三赴いて移転交渉をし、その際、被告の移転先として市営柏里第二住宅五号館のうちいくつかの階のいずれも三DKの室を三、四室を紹介し、その中から被告が好む室を選択できる旨話した。しかし、被告は、移転先では、本件増築建物で営んでいる建具の製造販売業ができなくなることを理由に、応じられない、と明渡を拒否し続けた、なお、その間、原告の担当者が被告主張のような強要ないし脅迫的態度を示したことはない。

(7) ところで、被告が右拒否の理由としてあげる営業は、被告が、二九年から三二年にかけて増築したうえ始めたもので、一五年くらい前からは職人一人を雇つて営業している。しかし、右増築及び営業ともに、住宅条例に基づく市長の承認を得ていない。もつとも、原告は、被告の右行為を知つてのちも、あえてとがめず、そのまま見過ごす態度をとつていた。そして、今回の移転交渉にあたつては、被告の依頼により、原告の担当者が、被告の営業適地を本件事業予定地外の原告所有地中に見出すことの能否をも検討したが、不能であつた。

このように、被告が移転交渉に応じないので、原告は被告に対し、五八年一二月一〇日、住宅条例二三条一項六号に基づき、本件建物の使用承認を取り消し、明渡を求めた。

(8) 原告の建替計画によると、本件建物は、六〇年度着工予定の中層耐火住宅一六戸の建設区画内にあり、本件建物敷地は、本件建替事業の一環である住環境整備工事として、右住宅に付設される児童遊園の敷地に属している。右児童遊園は、基準一四条により、住宅団地内に公営住宅一戸あたり六平方メートル以上の児童遊園を設置すべきものと義務づけられている必要不可欠のものである。

(9) なお、原告以外に三戸の居住者が原告同様明渡しに応じないでいるが、これらの者に対し、原告は、あえて訴求を控えて説得に努め、話合いによる解決を図つている。

(10) 因に、被告は、四一年、門真市向島町所在の土地を購入し、同地上に二階建共同住宅を建築所有し、賃料収入を得ている。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人勝山・被告の供述は措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(三) 右認定の事実によれば、本件建替事業の公共性が高いことはいうまでもなく、しかも、市営住宅の需要度は甚だ高く、現在これを満たすには、老朽化した木造住宅団地を中高層住宅団地に建替え、当該敷地の最有効利用を図つてこれを遂げるほかなく、なお、新たに建設される住宅については、住戸自体のみならず住環境の改善整備が当然必要とされ、このため基準一四条が、その一環として、所定基準による児童遊園の設置を義務づけていること、本件建物を含む市営塚本住宅は、原告が使用承認取消の意思表示をした当時、既に築後四〇余年の木造家屋で老朽化し、位置環境は交通至便、商店街にも近く、生活に極めて利便な位置にあり、したがつて、右塚本住宅を前記最有効利用目的の実施対象とした原告の必要性は十分認められ、これに対し、被告の主張する営業等は、もともと承認を得ずにしていたもので、原告がこれを知りながら黙認状態を続けていたのは、とりたてて粉争を起こすほどのこともないとの考えのもとに事実上看過してきたにすぎず、決して、被告主張のような黙示の承認として権利を付与されたと認められるものではないこと、そのうえ、原告は、被告が前認定の共同住宅を有していることは不問にして、被告に対し、代替住宅や移転費等の提供案を示すなどして、移転者に不可避的な負担の軽減のためできる限り努めてきたこと、全住戸二〇四戸中原告同様現在なお移転を拒否している三戸の居住者にも同様の説得を続け、提訴による法的手段に訴えての解決はあくまで最終的手段と考えて対処していることが認められ、以上の事実関係に照らせば、原告主張どおり正当事由があるといえること明らかである。

3  そうすると、本件賃貸借契約は、前記原告の明渡請求から六か月を経過した五九年六月一〇日限り終了したことが認められる。そして、本件増築建物が無断増築によることは、前記認定のとおりであるから、被告は原告に対し、本件増築建物を収去して本件建物を明渡す義務があるこというまでもない。

三したがつて、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官和田 功 裁判官辻川昭 裁判官中里智美)

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